東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)166号 判決
(争いのない事実)
一 原告の請求原因一ないし三の事実(本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨および本件審決の理由の要点)は、当事者間に争いがなく、また、シリコン半導体結晶にアンチモン含有金薄片を合金することによりN型電導電極領域を形成したシリコン半導体装置が、本願発明の優先権主張日前から公知であつたことも、原告の争わないところである。
(本件審決の違法事由の存否)
二 原告は、その指摘の点において本件審決は判断を誤つた違法があると主張するが、その主張の採用できないことは、以下説明するとおりである。
前記争いのない本願発明の要旨および成立に争いのない甲第三号証(本願発明の特許公報)によれば
前記公知のシリコン半導体装置において、接触面積ほぼ一平方粍までの小面積を扱う限りアンチモン含有金は効果があるが、数平方粍から数平方糎の大面積のものを得ようとすると、接触作成後冷却された試料に亀裂を生じる欠点があり、この欠点は、接触金属の浸透深度が不均一なこと、あるいは、硬度が大きいことが原因であつて、浸透深度の不均一は、公知のアンチモン含有量〇・一%以下の金を用いる場合に生じ、また、硬度の過大による亀裂は、ほぼ二五%のアンチモン含有金を用いる場合に観察されたので本願発明は、右の欠点を除去するため、その解決手段として、均一な浸透深度を得る前提として、アンチモン含有量〇・二%を下限とし、また、接触金の冷間成形性を得る前提および完成された接触結晶における亀裂回避の基準としてアンチモン含有量五%を上限とする限定を行ない、前記公知のシリコン半導体装置においてアンチモン含有量を〇・二ないし五%としたものであり、これにより合金のさいきわめて均一な浸透深度を得て亀裂の発生を防止し、かつ、接触金を薄い箔に展延せしめ数平方粍から数平糎までの大きな接触面のさい、この面の輪郭および寸法ならびに浸透深度あるいは合金量を各面単位ごとに予め具合よく決定することを可能とし、かつ、接触作成法の操作を容易にするという作用効果を奏せしめることを狙いとしたものであること
を認めることができる。
ところで、右甲第三号証および成立に争いのない甲第五号証の一、二によれば、公知のシリコン半導体装置の接触金属箔に使用されるアンチモン含有金は、アンチモン含有量〇・〇一ないし〇・一%の範囲のものであつて、それよりもアンチモン量を増加すると、合金が脆弱となり圧延し難く、温度変化を繰り返すにつれ亀裂を生ずるものとして不適当と考えられていたことが認められるから、アンチモン含有量を〇・二%以上とすることにより、接触金属のシリコン結晶に対する浸透深度を均一ならしめ、亀裂のない広面積の半導体装置を得ようとする本願発明の技術思想には、みるべきものがあるとしても、一方、本願発明の内容、ことにその所期の作用効果が前認定のとおりである以上、アンチモン含有量〇・二ないし五%の金が、薄い箔に展延することができ、接触作成法の操作を容易ならしめるものでなければならないところ、前掲甲第五号証の一、二、成立に争いのない甲第二号証、第七、八号証および弁論の全趣旨によれば、アンチモン金合金の硬度は、アンチモン含有量〇・五%位までは著しい変化を示さないが、アンチモン含有量の増加につれ、〇・八%位から一・二五%位にかけて急激に硬くなり、三%に達するとこの合金は加工することができず、一回展延するだけですでに亀裂を生ずること、およびアンチモン含有量五%の場合とこれを超える場合とで合金の硬度に格別顕著な差異はないことを認めることができ、この認定を覆して、本件審決当時の技術水準において、工業的にアンチモン含有量三ないし五%の金を薄い箔に展延することが可能であつたことを認めるに足る証拠はない。
してみれば、本願発明は、その採択した数値限定の範囲のうち、少なくともアンチモン含有量三ないし五%の範囲において所期の作用効果を奏しえない部分を含み、また、五%を超える場合に比して作用効果において格別みるべきものもないのであるから、その点で、本件審決の、本願においてアンチモン含有量の上限を拡大して五%としたことによる半導体装置としての格別の作用効果は認められず、このように含有量を限定する点に発明の存在を認めることはできないとする趣旨の判断は、正当というべきである。
(むすび)
三 以上説明のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消しを求める原告の請求は、爾余の点について判断するまでもなく失当といわざるをえないのでこれを棄却する。
本願発明の要旨
アンチモン含有量〇・二ないし五%特に一%の金を用い、冷間変形特に圧延によつて箔が作られ、かつ、数平方粍ないし数平方糎の表面積を持つこの箔の一片が大体全表面に一様な深さにまでシリコン結晶中へ合金されることを特徴とする、アンチモンを含む金を合金することによつてシリコン単結晶体内において広面積の高不純物添加N型電導電極領域を作られたシリコンから成る半導体装置。
本件審決の理由の要点
本願発明の要旨は前項記載のとおりのものと認められ、それによれば、本願発明は、その優先権主張日前より当業者間に周知の「シリコン半導体に面積数平方粍~数平方糎のアンチモン含有金薄片を合金することによつてN型電導電極領域を形成したシリコン半導体装置」においてアンチモンの含有量を〇・二~五%としたものと認められる。
これに対し、昭和三年六月二五日東京大学宇宙航空研究所に受入れられたドイツ雑誌 Zeitschrift f★r Metallkunde 一九二七年七月号二四一ページ左欄(以下「引用刊行物」という。)には、金アンチモン合金はアンチモンの含有量が少ない程加工展延性が良好となり、特に一%以下では加工展延がし易いことが記載されているから、前記周知の半導体装置のアンチモン含有金として、このような加工展延のし易い金アンチモン合金を利用しうることは明らかである。
そして,シリコン中に不純物を導入する場合に、アンチモン金合金のアンチモン含有量が多い方がよいことは当業者間に周知であるから、本願において少なくともアンチモン含有量を一%以下とすることは、公知技術の周知半導体装置への単なる転用にすぎない。 本願においては、アンチモン含有量の下限を〇・二%とし上限を拡大して五%と限定しているが、これによる半導体装置としての格別の作用効果はなんら認められず、また、このために何らかの技術的困難性を克服したものとも認められないので、このように含有量を限定することは、当業者が前記公知および周知技術から容易に推考実施しうるところと認められ、したがつて、本願発明は、引用刊行物記載の公知事項ならびに周知事実から当業者の容易に想達しうるもので、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の発明に該当しない(特許法施行法第二〇条第一項適用)。